ロックバンド「ゴダイゴ」のメインボーカルで「ガンダーラ」などのヒット曲も作曲したのタケカワユキヒデさん。
結婚歴や妻は?
子供は6人いて末っ子はシンガーソングライターで、1人は養子のようです。
この記事ではタケカワユキヒデさんの妻や子供などについてリサーチしています。
タケカワユキヒデの結婚歴や妻
タケカワユキヒデさんの結婚歴は1度。
結婚したのは1977年、25歳の時でした。
妻は一敦子さんという女性で、養護施設などでピアノを教えたりしていたようです。
大学は休学、復学を繰り返して11年かけて卒業したので、結婚した時は大学在学中でした。
まだバンドとしては売れてはいませんでしたが、CMソングなどを歌いすでにプロとして活動を始めていた時期でした。
子供は6人
タケカワユキヒデさんの子供は息子が1人、娘が5人の6人。
娘の1人は養子だといいます。
何番目の娘か不明ですが、妻の敦子さんが音楽指導をしていた養護施設が閉鎖することになり、行き先がなかった女の子を引き取ったと言われています。
養子にしたのは、まだタケカワさんが売れる前だったとの情報もありました。
1988年9月4日に誕生した末っ子の武川アイさんはシンガーソングライターをしています。
早稲田大学在学中の2009年11月にシングル『I WILL』でメジャーデビュー。
大学は休学し2010年3月にはセカンドシングル『遠い道の先で/Star』を発売。
2年間休学し復学後は古生物学を研究。
大学卒業後は東京大学大学院に進みました。
2017年には結婚し、2018年4月には息子を出産したことをツイッター報告しています。
タケカワユキヒデの経歴
1952年10月22日、埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)生まれ。
母方の曽祖父は国産ヴァイオリンメーカー鈴木バイオリン製造創業者の鈴木政吉さん。
母方の大叔父はヴァイオリン教育のスズキ・メソードで知られる鈴木鎮一さん。
父親は音楽大学教授でベートーヴェン研究家、音楽評論家として著名な武川寛海さんという音楽家の家系で、タケカワさんも5歳からバイオリンを習い、10歳の時には作曲も始めました。
中学時代にはバンドを結成し、作曲も担当。 『歌詞は絶対に英語じゃなきゃ嫌だったんです』 バンドメンバーが日本語で歌詞を書いて、
歌詞は和英辞典を引きながら英語に直し、サビと1番の途中まで訳しましたが、あまりに大変で力つき、しばらく曲作りはしなかったといいます。
埼玉県立浦和高校(偏差値72)を卒業後は、音楽大学の進学を目指しましたが失敗。
合格した横浜国大に通いながら仮面浪人をしましたが、その後、音学大学進学は諦め、英語を大学で本格的に勉強しようと東京外国語大学・外国語学部英米語学科に入学。
休学・復学を繰り返し11年間かけて卒業しました。
大学在学中の1975年にアルバム『走り去るロマン』でソロアーティストデビュー。
同年に音楽プロデューサー・ジョニー野村さんの紹介でバンド『ミッキー吉野グループ』のレコーディングに参加。
同年に『ゴダイゴ』を結成し、1978年10月1日に発売しタケカワさん作曲の『ガンダーラ』がヒット。
続く、8枚目の『Monkey Magic』、9枚目の『ビューティフル・ネーム』もヒットしました。
1989年からは本格的にソロ活動も開始。
ライブの他、作曲家、音楽プロデューサーとしても活動しています。
『ゴダイゴ』は活動休止、期間限定の再結成を経て、2006年からは本格的に活動しています。